ベルリン国立美術館展

7月7日(土)はひたちなか市で「ばっくえんど研球会」のコンペ。

311以降、中断していた集まりを継続しようかと昨年、ゴルフ抜きの集まりを持ちました。( 21年目の親睦会1014 )

その席で開催が決定した復活コンペの第1回目です。

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東京都美術館

今夜は前夜祭。

以前は仕事を終えてから向かうため時間的に間に合わず、前夜祭は遠慮させていただくことも多かったのですが・・・

段々と智慧のついた「くま」は本店のお客さんを利用させていただき、無理矢理用事を造って、早めに向かうようになってます。

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国立西洋美術館

今朝は、敦賀の職場に顔を出して、お客さんの安全大会に出席、終了後、東京に向かい、用事を済ませて、上野に、早ければ上野の森でも覗いて行こう、というところまで織り込み済みです。

案の定というのか計画どおりというのか、余裕を残して上野に到着。

公園口は普段は開いていないだろうと不忍口から歩いていくと、なんのことはない公園口も普通に開いていました。

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公園への坂の途中にフェルメールの絵の幟が2種類、交互に街灯にぶら下がっています。

一つ目のフェルメールは「真珠の耳飾りの少女」で、東京美都術館主催のマウリッツハイス美術館展(朝日新聞社、フジテレビ共催)の告知幟でした。

フェルメール "真珠の耳飾りの少女" 1665年 Wikipedia
フェルメール ”真珠の耳飾りの少女” 1665年 Wikipedia

もう一つのフェルメールが国立西洋美術館主催の「真珠の首飾りの少女」で、ベルリン国立美術館展(読売新聞、TBS共催)の案内でした。

どちらのフェルメールを見るかと選択を迫られれば「フェルメールの青」の「耳飾り」ですが、東京都美術館は駅から遠いし、「ベルリン国立美術館」の名前に魅かれて近場の国立西洋美術館に入ります。

特別展と常設展双方が鑑賞できて1500円を支払います。

ベルリン国立美術館展
ベルリン国立美術館展

しょっぱなから細かい彫刻が多いこと、歴史的流れで見せる形なのですが、自分の苦手な宗教画が多く、ちょっと違和感がありました。

美術館と言うより、博物館的雰囲気・・・というところでしょうか。

この感触は最後まであって、後半は素描が多いこと、自分がやはり一番なじんでいる印象派前後、周辺の絵が少ないことがその原因なのかと思いました。

レンブラント派 黄金の兜の男 1650‐1655年頃
レンブラント派 黄金の兜の男 1650‐1655年頃

ベルリン美術館を調べると下記の記述があります。(Wikipedia)

「ベルリン美術館(Staatliche Museen zu Berlin) は、単独の美術館ではなく、ドイツのベルリン市内の「博物館島」(ムゼウムスインゼル)、ティアガルテン地区、ダーレム地区などに存在する18の美術館・博物館群の総称である。

プロイセン王家歴代のコレクションを基礎として1830年に発足した「旧博物館」がその発祥であり、以後、コレクションが増大するにつれ、新たな博物館が次々に建てられた。」

ルーカス・クラーナハ(父)の工房 マルティン・ルターの肖像 1533年頃
ルーカス・クラーナハ(父)の工房 マルティン・ルターの肖像 1533年頃

主催者の説明によると本展覧会はベルリン美術館群のうち、絵画館」、「彫刻コレクション」および「版画素描画館」からの出展になるとのことです。

さらに、「絵画館」を調べると・・・

「絵画館(Gemäldegalerie)は、ベルリン美術館を構成する美術館の一つで、ポツダム広場の西、ティーアガルテン地区の文化フォーラム (Kulturforum) に位置している。1830年に開館、その後1998年に新築された。

ベルリン美術館は13世紀から18世紀のヨーロッパ諸国の芸術品の収蔵では世界有数の美術館である。

所蔵されているコレクションには、アルブレヒト・デューラー、ルーカス・クラナッハ、ヤン・ファン・エイク、ラファエロ、ティツィアーノ、カラヴァッジオ、ピーテル・パウル・ルーベンス、レンブラント、ヨハネス・フェルメールら巨匠の名作が含まれている。」

上記の画家の名前をみても明らかなように、また調べていたら絵画館のところで、英語でOld Masterpiece Paintingとあり、意味は明確ではありませんが、絵画館の特徴を示すものであるということなら、どちらかというと印象派前の絵画中心なのかと言う気がします。

ルーカス・クラーナハ(父) ルクレティア 1533年頃
ルーカス・クラーナハ(父) ルクレティア 1533年頃

そう言えばMOMAを鑑賞した時の記事で下記の館長の論文に関する記述がありました。(MOMA0430)

「また、ナチスドイツがヨーロッパの名作を集めながら、「退廃芸術」として数多くの名作を売却したことがMOMAにある名作のいくつかを入手できた経緯として紹介されていました。 」

イスラム急進派の偶像崇拝否定によるバーミヤンの石像大仏破壊、近くはアフリカ西部マリの世界遺産のトンブクトゥにある聖廟破壊を想起させます。

このことから、ベルリン美術館(絵画館)の絵画の構成がナチスの暴挙の影響を受けて、自分の好きな時代の絵画を流出させた結果ということなのか・・・

ルーカ・ジョルダーノ エウクレイデス 1650‐1653年頃
ルーカ・ジョルダーノ エウクレイデス 1650‐1653年頃

また、作者に関して、「・・・の工房」、「・・・派(の画家?)」、「・・・の彫刻家あるいは画家」および「・・・に帰属」などと、作者が同定されない作品が多いのも特徴のような感じがしました。

係り員の方に御訊きすると「・・・に帰属」というのは、おそらくその作者と思われると言う意味なのだとのこと。

きちんと裏をとれないことについてはいい加減な記述をしない・・・言い方も含めてドイツ人らしい几帳面さがでているのかもしれません。

他のお客さんも自分と同様な感触を持たれていた方が多かったのかも知れない・・・

というのは、ここのところ出かけている展覧会ではあまりなかったと思うのですが、「真珠の首飾りの少女」1枚に大渋滞が起きていて、人気が突出しているな、という感想を持ったからです。

フェルメール 真珠の首飾りの少女(部分) 1662‐1665年
フェルメール 真珠の首飾りの少女(部分) 1662‐1665年

女性係員が優しく言っても渋滞は遅々と進まず、男性の守衛さんがちょっと硬い声を張り上げてもなかなか渋滞は解消しませんでした。

おばさん二人が絵の前に陣取ったまま、真珠の輝きがどうのこうのと井戸端会議をしているのには、さすがにちょっとムッとしました・・・

ということでちょっと寂しい思いを抱きつつ、常設展を見ようと・・・

くまじい
阿佐ヶ谷生まれの73歳

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