気比神宮に辿り着き、お詣りをします。
本殿では紀元祭が執り行われていました。
そうか、今日は2月11日だった。
紀元祭は「神武天皇御即位の礼を祝い、國の繁栄、世界平和を祈る祭り」
神武天皇の即位日は旧暦1月1日で、新暦1月29日にあたる。
孝明天皇のご命日が1月30日で、孝明天皇祭と祭事が続いてしまうため、
明治6年、下記の干支の考え方で2月11日に定められた。
日本書記の神武天皇御即位の記載は下記になる。(Wikipedia)
「辛酉(かのととり)の年の春正月(はるむつき)、庚辰(かのえたつ)の朔(ついたち)。
天皇(すめらみこと)、橿原宮(かしはらのみや)に於いて即帝位(あまつひつぎしろしめ)す。是歳(このとし)を天皇元年(すめらみことのはじめとし)と為す。」
即位年の「辛酉年」は『日本書紀』の編まれた年(720年(養老4年))を元に計算すると西暦紀元前660年に相当する。
即位の月は「春正月」で立春にあたる。
日の干支は「庚辰」である。
朔は新月を意味する。
西暦紀元前660年、立春に最も近い庚辰の日は新暦2月11日となり、さらには日本書紀ではこの日は「朔」であったとの記載がある。
紀元節の行事としては、宮中の賢所、皇霊殿、神殿で、紀元節祭が行われ、また、全国の神社においても、紀元節祭が行われていた。
1947年皇室祭祀令の廃止、1948年祝日法草案から建国の日がGHQに削除され発布。
これにともない、紀元節の祭礼は一時行われなくなる。
日本国内で建国記念日復活の動きが起こり、1967年に建国記念日が制定され、2月11日に定められた。
以降、全国の神社でも紀元節祭が復活して執り行われる様になった。
すいません、Wikipediaの神武天皇と、紀元節の項の丸写しに近くなりました。
建国記念日を2月11日とするにあたっては、かなり議論があったことが記憶にあります。
お詣りを済ませて、御朱印をいただきます。
若い巫女さんに達筆で書いていただきました。
ついでに孫のために、午の土鈴のお守りをもらいます。