昨年の話になりますが、11月の「ワインの会」はカリフォルニアワインがテーマでした。
上の写真は“The Wine Institute”の日本語版サイト「カリフォルニアワイン」の「バイ・ザ・グラス(ワイン)・プロモーション」のヘッドの写真です。
いかにもカリフォルニアの明るい朝陽が間接的に入る窓際でブランチでもという感じでお気に入りになってしまいました。“The Wine Institute”は850のカリフォルニアワインのワイナリーとワイン業界の企業をメンバーとした団体で、カリフォルニアワインの普及と輸出促進を図ることを目的としているとのことです。
「ワインの会」で配布されたカリフォルニアワインのリーフレット「葉山考太郎のカリフォルニアワイン道」の作成元ににアクセスしたら、「カリフォルニアワイン」にたどり着いた次第です。
「ワインの会」で出されたワインは下記の通りでした。一番上の発泡酒はワイン名とワイナリー名がよくわかっていませんが・・・
ワイン名 | ワイナリー名 | 備考 |
タロッコ・オレンジ | ミモザ | (発泡酒) |
シャルドネ | トリエンチロ | 2006年産 |
ソーヴェニオン・ブラン | ベンジンガー | 2007年産 |
シャルドネ | グリギッジヒルズ | 1992年産 |
カベルネ・ソーヴィニオン | ベンジンガー | 2007年産 |
ピノ・ノワール | ベンジンガー | 2008年産 |
上記の各ワイナリーの所属郡(County)、ブドウ栽培地域(AVA:American Viticulural Area)を調べたのですが、判りませんでした。
下図は配布されたリーフレットに記載されていたワイナリーマップです。
自分がワインを飲み始めたのはカリフォルニアワインになります。と言っても、限定したメンドシーノエリアの限定したワインしか知らないのですが・・・
カリフォルニアに行き始めた20年前までは、日本酒以外の洋酒はウィスキーやラム酒、ジン等のスピリッツをたしなむ程度で、ワインは飲めないものと決め込んでいました。
仕事の関係でカリフォルニアの北部の街、メンドシーノ郡ユカヤ市に行くようになり、仕事先の社長に薦められるままに、赤ワインを少したしなむようになりました。
上記地図の①メンドシーノ&レイクのエリアの左端のところにUkiahとあるのがそうです。
サンフランシスコから160kmほど北に位置する人工18,000人程度の小さな街です。
サンフランシスコから北に延びるハイウェイ101号線の沿線にあり、仕事先の会社はユカヤ市の入り口にあたる牧場やブドウ畑などの、のんびりした光景が広がる中にありました。
最初にサンフランシスコで入国の際に、税務官にお前はどこまで行くんだと訊かれて、「ユカヤ」と答えると、「とんでもない所に行く日本人・・・」と言う顔をされたのを覚えています。
社長がユニークな人で、独特のセンスで金属溶解炉を開発、チタン、チタン合金の精錬炉では世界的に認められる設備を造り、業界ではかなり知られた会社に仕上げた創業者オーナーでした。
機械好きの天才肌の人と言う感じで、商売は上手いとは言えず、会社は航空機産業と軍事産業の大手である、ロッキード・マーチンに買収されてしまいました。
しばらくは技術的な面を受け持つ社長と言う形でとどまっていましたが、間もなく、退社。
前から言っていたように、工場の向いの自宅(と言っても、一山全体と言う感じの広大なエリアです・・・)の敷地にブドウ畑を造り、ブドウ生産者に転身してしまいました。
その後、ロッキード・マーチンが子会社の整理に入り、毛色の変わったその会社を手離すことになりましたが、関わっていたロッキード・マーチンの人間、数人が出資者となり、会社を引き取り、今に至ります。
関連する産業の重要な部分が航空機産業ですので、911の後は深刻な状況に陥りましたが、現在はそれなりに復活してきて、ロシア、中国などへの進出も果たし、日本にも大分納入実績を残しています。
最初にその会社に行った時には、サンフランシスコ空港に自社のパイパー機で迎えに来るとのこと・・・何と言う会社なんだろうと思いました。
結局、その時には悪天候で飛行機が飛ばせず、車で迎えにきてもらったのですが、その後、何回かはサンフランシスコ空港とユカヤ空港の間の30~40分の飛行を楽しませてもらいました。
パイロットとも顔なじみになり、助手席に座っている自分に「くま、操縦してみろ」などと、とんでもないことを言いだして、少しだけ操縦も味わってしまいました。おそろし・・・
飛行機は創業社長の全くの個人的趣味で、飛行場に格納庫を借り、整備士兼のパイロットを常駐させていたのですから、贅沢にも程がある感じ。
暫くして、飛行機は売り払われ、パイロットも職を失うことになりました。
それでも社長さん、プライドが許さなかったのか、暫くは我々をサンフランシスコ空港にリムジンのハイヤーで迎えを寄こしてくれていました。
だんだんと、社員が自分の車で迎えに来るようになり、さらに、我々が中間のサンタローザまでバスで行き、サンタローザでピックアップしてくれるようにと変遷していきました。
最終的には、我々がアメリカに慣れてきたこともあり、サンタローザまでバスで行き、サンタローザでレンタカーを借りて行くということに落ち着きましたが・・・
何回か、サンフランシスコで車を借りることもしましたが、フライトで寝不足の身には少々きつかった記憶があります。遊びでサンフランシスコを往復する分には元気だったのですが・・・
それでも、ハイウェイの端の砂利を敷いてあるところに車が入ろうとしてガタガタッとなって目が覚めたことが一度ならずありました。今だから言えることですが・・・・
打合せなどの短期の滞在中には、ほとんどむこうの営業部長がディナーを付き合ってくれて、たまに社長が招待してくれるという感じで、食事ではずいぶん世話になりました。
自分としては街中にある、レストランの一つがお気に入りでしたが、ユカ ヤからさらに北に車で15分くらい行ったところに日本人が来ると必ず、招待されるステーキハウスがありました。
日本風の霜降りのジューシーな肉を鉄板で焼き上げるというのとはかけ離れた感じで、脂肪の少ない肉を網の上で豪快に焼くステーキです。
焼方を訊かれると、当初、レアと言っていましたが、表面が黒焦げでガリガリになったものが出てきて、「なんじゃこれはどこがレアか?アメリカ人は本当にいい加減だ。」と腹を立てていました。
何回か行くうちに判ってきたのですが、ウェルダン、ミディアム、ミディアムレア、レアと異なった頼み方をした人達の肉の厚さが違うのに気が付きました。火力は一定のまま、肉の厚さを変えることにより焼方の調整をしているのだなと。
炭火というのか人工のチャコールというのか、火力の調節は難しいのだと思います。おそらく時間も一定で焼けるという、これがアメリカ人の「合理性」なんだなと・・・日本人にはあまり共感が得られないところかもしれない・・・
何時も付き合ってくれる営業部長が頼むミディアムレアが一番美味しく食べられることがだんだん判ってきます。
表面が余り焦げないで、中の肉の旨みがじんわりと浸みてくる絶妙の焼き加減の時の美味しいこと。
まあ、ミディアムレアでも外れの時はあるのですが・・・
この営業部長が一番おいしい物を判っているに違いないと、添え物のサラダのドレッシングはブルーチーズ、デザートはスポモニ(ジェラート)と全て真似する様になりました。
レストランでは最初はビールですが、すぐ赤ワインということになります。当時教えてもらったワインはParducci、Fetzer、Elizabethなどのワイナリーでした。
Parducciは現在単独のワイナリーではなく、幾つかのワイナリーの集合体の一つになっているようです。
工場見学にも行きましたが、早口の英語でべらべらとやられてほとんど理解できなかった記憶があります。アイスワインの説明を受けたはずですが、全くわかりませんでした。
一番最初に飲んだのがParducciの「カベルネ・ソーヴィニオン」であることは鮮明に覚えています。当時聞いた発音では「カバネ・ソビニヨン」と記憶していました。
メンドシーノのワインは葡萄品種単独で造るのが特徴のようで、体験して行った順に、「カベルネ・ソヴィニオン」、「メルロー」、「ピノ・ノワール」で最後に「ジンファンデル」という品種でした。
「ジンファンデル」は甘みと酸味が少なくて、渋みが勝っていると言う感じで自分には一番合っているなと思いました。
先日、リカー「華」で「ジンファンデル」のセールをやっていて思わず2本買い込んでしまいました。
Parducciの次に、営業部長が息子と友達だと言って紹介されたFetzerワイナリは、ユカヤの隣の街Hoplandにあるワイナリで敷地内にホテルも備えて、雰囲気が良くお好みスポットの一つでした。
サントリーでも扱っていますし、結構日本でも有名のようで、その他でも取引をしているところはあるようです。
(実はスイスのチューリッヒのスーパーで見かけて感激したことがあります・・)
サントリーのホームページに行くとFetzerはその他大勢の扱いで、ごく一部のワインしか紹介されていませんでした。むしろ@楽天のYANAGIYAさんのサイトにFetzerに関して詳しく記載されています。
ちなみに、HoplandのHopはビールのホップのことを示します。
現在、工場はユカヤ市に移っているのですが、「Red Tail Ale」など地ビール製造のMendocino Brewing Co発祥の地にあたり、我々が行っていた頃も、カフェ「Ale House」が残っていました。
庭にオープンテラスがあり、天井代わりにホップの樹が枝を張っていて、ホップの香りがして、これまた大好きなスポットでした。
FaceBookを見ると、昨年6月に、ユカヤにも「Ale House」がオープンしたようです。
ともかく、赤ワインだけは時々たしなむようになりましたが、白ワインについては全然およびでなく、ワインの会で少しずつ教えてもらいつつあるところです。
【※】Fetzer Vinyardの説明『Fetzer Vineyards:フェッツァーの生誕の地であるメンドシーノ郡では、ナパやソノマと同じく19世紀後半からワイン醸造が行われてきました。
しかしながら1920年に禁酒法が施行されると、相対的に規模が小さかったメンドシーノ郡は、ナパやソノマに比べ被ったダメージが遥かに大きく、1度ワイン産業は廃業に追い込まれました。
禁酒法の廃止後、メンドシーノ郡で再びワイン産業が再生されたのは1960年代。2500ケースという小規模ながら、中でもいち早くワイン造りに着手したのが 『フェッツアー』 でした。
「特別な機会だけでなく、人々が毎日飲めるワインを造る」という創設者バーニー・フェッツァー氏のモットーにより、手頃な価格の高品質なワインを提供する生産者としてこの地方で一躍人気生産者となりました。
1980年代にはブドウの有機栽培に着手して、カリフォルニアで最も早く「有機栽培認定」を受け、この分野のパイオニアとして米国を代表するワイナリーとなりました。
その成果はカリフォルニア全土に星の数ほどあるワイナリーの中で、冒頭にてご紹介したように、歴代第5番目(2007年時点)に多い「ワイナリー・オブ・ザ・イヤー」9度選出の実績が物語っています。
『ボンテッラ』 は、かつてフェッツァーの代表銘柄でしたが、1992年に売却され、『ボンテッラ・ヴィンヤーズ』 として独立しましたが、両者の関係は今も良好に続いており、ブドウ園の大半はまだフェッツァーが所有してボンテッラに果実を供給しています。
ボンテッラとはフランス語でGood Earth、つまり「良き土、良き大地」を意味し、その名の通りカリフォルニア州の有機農法機関CCOFから認定を受けています。』
YANAGIYA
【追伸】:ろぼ様への返信
ろぼ様コメントありがとうございます。
システム上の問題なのか、コメントへの返信ができない状態なので、ここで回答させていただきます。
ろぼ様の言われるメンドシーノが郡のことを指すのか、町のことを指すのかわかりませんがいずれにしろ交通手段はバスあるいは車になると思います。
本ブログで記載した通り、自分はサンタローザまでバスで行き、レンタカーを借りていました。サンタローザまでのバスの時刻表、地図は下記で確認できます。
さらに北方に行くバス、あるいはメンドシーノ町のある沿岸地方(ポイント・アリーナ、フォートブラッグなど)に行くバスについては自分は情報を持ち合わせていません。
一度だけですが成田からロスアンゼルス経由でサンタローザまで飛行機で行ったことがあります。同じように飛行機で周辺都市に行き、レンタカーという手はあるかもしれません。
お役に立てずに申し訳ありません。
メンドシーノにはどうやって行くんですか?
サンフランシスコから車で3時間ほどだと聞きました。
車以外の交通手段はありますか?