穴地蔵古墳

今日(4月25日)は福井銀行の口座開設のため、午後出社します。
a120423001

アパートの管理会社が変更になり、今まで、北陸銀行から口座振替されていたのを変更するため、一度銀行に赴きましたが、北陸銀行の不親切かつ、不愉快な対応で一日で済ますことができませんでした。

その後、管理会社と連絡を取って、結局、新規管理会社が北陸銀行に口座がないために、話が進まなかった面があるようで、福井銀行に口座開設すれば、振替で入金できるのだと。

a120425002

ということで、再度の銀行立ち寄りになりました。

口座開設、振替依頼などが終わって一旦部屋に戻り、余分なものを部屋に置いてから、会社に向います。

最近、時々逆さ野坂を撮影するポイント近くに、史跡の説明が立っているのに気が付いて気になっていました。この際にと車を停めて確認を。

a120425003

「穴地蔵古墳」とあります。福井県と敦賀市の公式サイトに説明がありました。敦賀市の説明が詳しいです。古墳の前に立っていた説明版の内容で補足します。

「敦賀半島の付け根に注ぐ井ノ口川の河口に程近く、花城橋から左岸を遡った山裾に、福井県指定史跡「穴地蔵古墳」があります。

a120423005

この古墳は7世紀前半〜中頃に築かれた径12m、高さ3.5mの円墳で、内部には横穴式石室が造られています。

横穴式石室とは横方向に入口のある石造りの部屋で、棺を納める玄室と、通路にあたる羨道からなっており、入口を石で閉ざします。

a120423006

上から埋葬して蓋をする竪穴とは違い、閉塞した石を取り外すことで、繰り返し埋葬することが可能です。

石室の奥には石棚が作り付けられ、その上に3躯の石の地蔵尊が祀られており、これが穴地蔵という名前の由来です。この石棚を持つという点が穴地蔵古墳の最大の特徴と言えます。

a120423012

石棚を持つ古墳は、全国的には120例あり、特に和歌山市の岩橋千塚古墳群に数多いことで知られています。

県内では、穴地蔵古墳を始め敦賀に3基、美浜町に1基を数えるのみ、また近隣の滋賀県湖西地域を含めてもマキノ町に1基あるだけという、希少なものです。

014

石棚の古墳が敦賀半島に偏在している理由として、古墳の造営時期である6紀から7世紀の頃、櫛川から敦賀半島にかけて、土器を用いた製塩技術が盛んであったのだそうです。

このことから土器製塩に携わっていた集団がこれらの古墳の造営に関わっていたと見られているとのことです。

a120425015

穴地蔵古墳に祀られた3躯の地蔵尊のうち、1躯には永正15年(1518)の年号が彫られているので、すなわちその時点で、既に古墳の石室が開けられていたことになります。

当時は附近にある名刹、西福寺の活動が非常に盛んだった時期であり、この穴地蔵のお地蔵様も、西福寺第十二世壽光上人の事蹟であると伝えられています。a120425017

また、過去の調査報告によると、明治時代の初め頃まで、石室の前に地蔵堂が建っており、おそらく廃仏毀釈によって取り壊されてしまったと考えられている。

今も残る礎石の跡から、2.75m(約9尺)四方のお堂であったと推定されています。古墳には、通常、被葬者と一緒に副葬品が納められています。

a120425022

これは、古墳の年代や被葬者の地位などによって、その種類や組合せが異なりますが、故人が身に付けていた武器や武具、装身具、葬礼に使った道具類、その地位を誇示するステータスシンボルや来世のために特別に用意された物品など、さまざまなものがあります。

近年、発掘調査の結果、穴地蔵古墳石室内部に溜まった土の中から、朝鮮からの渡来人の制作と考えられる須恵器などの遺物が出土しました。これらは、この古墳が造られた当時のものと見てよさそうです。

a120425023
『須恵器』は 5世紀前半頃、朝鮮半島南部の伽耶(かや)地域からの渡来工人によって始まったやきものです。

それまでのわが国在来の土器とは違って、ロクロを使い、窖窯の中で高温の還元炎で焼くため、固く焼き締まり、青味がかった灰色を呈しています。

a120425043
常宮

全般に古代を通じて(一部地域では中世にも)生産され、この技術が、後にわが国の伝統的な陶器生産に引継がれていきました。敦賀では、葉原で、9世紀頃の窯跡が見つかっています。 」

下記と現地の説明看板を参考・・・と言うよりほとんどまる写しになってしまいました・・・
敦賀市「みんなの文化財」
「福井県の文化財」

常宮
常宮

敦賀の街の中を見るとところどころにちょっと不自然な感じの丸い小さな丘が幾つかあります。古墳の趾なのかとぼんやり考えていましたが、穴地蔵古墳を見るとやはりそうなのかなと思います。

若狭に深く残る雄大な歴史の足跡を垣間見た思いで、ちょっと感激しつつ会社に向います。

途中常宮の花の状態を確認していきました。

最大のシダレ桜は既に青い葉を茂らせつつありました。今を盛りの紅シダレ桜も・・・

 

 

くまじい
阿佐ヶ谷生まれの73歳

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA