夜はJazz & Supper Club 「SMOKE」でディナーとJAZZです。
ホテルの部屋に戻ってシャワーを使ったあと、ちょっとうつらうつらします。「SMOKE」に予約を入れていますが、30分前に行かないとキャンセルとみなされるという話もあり、早めに行こうと・・・
途中、乗っていた地下鉄が準急で目的駅に止まらないので電車を乗り換えなくてはいけないというミニパニックがありましたが、目標の時間には到着。
なんのことはない、我々が店に着いたら、他にはカウンターのバーに一組だけウェイティングしているだけで、慌てる必要は全くなかったみたい・・・
ウェイティングしていたカップルは常連みたいで、入り口に近い、一番後ろの席に案内されてます。我々は、前から2番目のテーブルに案内されます。演奏を聴くのには一番いいとことなのではと思います。
料理は、演奏中に色々皿がでてきてもうっとうしいなと思い、パスタ料理とグラスの赤ワインを頼みます。
まあ、アントレだサラダっていうとまず、食べきれないのが落ちですし・・・
隣に座った2組の夫婦連れは我々より、年上の気がしましたが、全員フルコースで食べること、食べること、あきれてしまいました。
デザートまで行ってたのだから、大したものです。
今日の出演はヴィンセント・ハリング・クインテット(Vincent Herring Quintet)。
ヴィンセント・ハリング はホームぺージ(Vincentherring.com)もありますが、そのBiographyはあまり、詳しくありません。
Wikipedia (Vincent_Herring(en))によると1964年生まれのハード・バップ、ポスト・バップジャズのサキソフォーン、フルート奏者とあります。
ジャズについてはわかりません。Wikipediaの日本語版と英語版の内容を羅列します。
ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー、バド・パウエル、セロニアス・モンク等の名前があるビ・バップ(1940年代、1950年代)の後にハード・バップ、モーダル(モード)・ジャズという流れがあると。
アドリブ部のコード進行の制約の相違のことが記載されており、よく判りません。
ハード・バップ(1950年代半ば~1960年代)の中にはマイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、クリフォード・ブラウン等の名前があげられています。
モーダル(1950年代末~)はハード・バップに飽き足らないマイルス・デイヴィスが1959年にリリースしたアルバム「カインド・オブ・ブルー」で完成し、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンズ等が加わって行ったとの記載です。
ポスト・バップ(1960年代始め~)にはこれまたマイルスの名前がきて、ハービー・ハンコック、エリック・ドルフィ、ウェイン・ショーター、マッコイ・ターナー、チック・コリア等の名前が挙がっています。
マイルス・デイヴィスがビ・バップ以降のジャズの歴史を造って行ったということなのでしょうか・・・
寄り道から戻って・・・ヴィンセント・ハリングは自分はリーダーの15枚のCDをだし、200枚のCDで他の人とのセッションに顔をだしています。
ライオネル・ハンプトンのツアに参加したのを皮切りに、ビッグネームとの競演を果たしていきます。
日本のYanagisaw Saxのアルトサックス(A991)、ソプラノサックス(S991 )を使用し、公演、セミナーなどで来日回数も多い人のようです。
トランペットのブライアン・リンチを紹介して、グラミー賞を獲得しているなどの話をして、「でも・・・、僕もグラミーもらってるけどね。」ってちょっとお茶目な人懐こい笑顔を見せます。
ブライアン・リンチのトランペットは柔らかくて滑らかで素晴らしいと思いました。
外見は「あれ?テリーさん?」と言いたくなるほど、顔も体型も、おまけに服のセンスまでテリー伊藤そっくり。
ブライアン・リンチは1956年生まれで ホレス・シルバー、秋吉敏子、アート・ブレーキー等のバンドを経て、ハード・コア・ビ・バップ、ラテンセンスの演奏でリードするようになる。
作曲者、編曲者としても知られ、中島美嘉の編曲も手掛けているとのことです。
動画はブライアン・リンチのプロジェクトにヴィンセント・ハリングが参加しているものです。ヴィンセント・ハリングが超真剣にやってます。ブライアンちょっと太めでテリーさんらしくありません・・・
こんな近くで演奏を聴いたのは初めてでした。楽しくて楽しくて、ニコニコして、テリーさんのプレーを一所懸命見ている間に、演奏が終了・・・
もっといたい気分でしたが、テーブルチャージはここまでで、入れ替わらなければいけません。
外にでると次の回の客が行列して待っています。営業は3時までということですから、まだまだ「SMOKE」の夜は延々と続きます。
初日に、「夜中に地下鉄に乗らない様に」というインストラクションがありました。
「夜中って何時からのことを言うのですか?」っていかにも生真面目な日本人らしい質問が上がっていました。
ガイドは苦笑しながら、「明確に言うことはできないけど、日本的に夜中っていう感覚でいてください」とまあよく判らない回答をしてました。
余り帰りが遅くなっったらタクシーで帰ろうかと話ていましたが、まあ10時なら大丈夫だろうと・・・電車は混んでいて全く怖さは感じませんでした。
もうお馴染みのコロンバス・サークルに戻りました。
明日は楽しみにしていたMOMAに行きます。