サンフランシスコ0801

コッポラワイナリーでの食事を堪能して、翌日、8月1日、午前中は仕事の続きで、残した事項、曖昧だった点を確認して11時ごろには終了。

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ソノマ空港の手前、ウィンザーゴルフクラブで昼食です。

病院に付き添ってくれた人はわれわれの仕事には関係なかったので、打ち合わせには参加していませんでした。

彼のオフィスを教えてもらい、挨拶に行きます。留守だったので、名刺の裏に挨拶を書いて、机の上において出て行こうとすると、戻ってきた彼と鉢合わせ。

心からのお礼を言って別れます。

ドライビングレンジのおばさん達
ドライビングレンジのおばさん達

Montgomery Woodで記述した驚異的な視力の持ち主、「ユカヤのマサイ族」はこの会社の生え抜きで、昔も今もNO.2の位置を守っています。
怒ると結構顔真っ赤にして顔に出ちゃうけど、自分の知ってるアメリカ人の中ではクールで論理構築がしっかりしていて、交渉相手としては手強いけど、まあ敵になっても味方になっても見かけを裏切らない人間ではあります。

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ソノマ空港でのバス待ち

技術的にも結構判ってるくせにいざとなると俺は営業だから知らない、という奥の手を使ってくるところがうまいというか憎たらしいというか・・・

自分が「くま」と自称するのが恐れ多いくらいの「おおぐま」体型です。

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6人でピザを食べに行って、少人数用の卓袱台程度もある大きさのピザ2枚を頼んで、足りないだろうって普通のピザも一枚、さらに、サラダバーとビールって・・・こいつは馬鹿かとあきれたことを覚えています。

でも、ステーキハウスで、「ブルーチーズドレッシング」と「ミディアムレア」の美味しさを教えてくれたのも、この「おおぐま」でした。

ソノマ空港
ソノマ空港

技術移転の話で最初に訪問した時からの付き合いですが、今回の技術的な打ち合わせには関係せず、出席していなかったので、最後に挨拶を交わして、ユカヤを離れます。

代理店のNさんはまだ仕事があり、ユカヤに残るということで、ソノマ空港のバス停まで送ってもらいます。

サンフランシスコ空港
サンフランシスコ空港

ユカヤに行く時にゴルフをしたWindser Golf Clubのレストランで昼食をとって、ソノマ空港に到着。暫く待って、バスがきます。

バスはサンフランシスコ行きとオークランド行きがありますが、オークランド行きはペタルマで乗り換えとなり、サンフランシスコ行きはそのまま乗車していればいいので、安心です。

サンフランシスコ空港
サンフランシスコ空港

ペタルマに着くと、オークランド行きの連中が降車して料金徴収にきます。記憶が定かでないのですが、以前確か17ドルだったようなきがしましすが倍の34ドルだと。

60歳以上のシニア割引があったことを記憶していましたので、申告。34ドルが32ドルになりました。

Comfort Inn San Bruno
Comfort Inn San Bruno

バスはサンフランシスコ、と言っても空港に到着します。

アメリカの会社が予約してくれた空港周辺のホテルに電話してシャトルバスに電話して迎えに来てもらいます。

ホテルからBARTのSan Bruno駅に歩きます。
ホテルからBARTのSan Bruno駅に歩きます。

空港内を走るアクセス道路の歩道部分にシャトルバスの停留所が数10m間隔で点在しています。

自分は経験がないのですが停留所からホテルに電話をしてシャトルバスの迎えを呼ぶらしい。

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3人の内、何回かシャトルバスを呼んだ経験のあるDさんが「あれ、専用電話がない?」って、つぶやきます。

停留所内に設置されている専用電話で連絡すると場所が特定されるので、こちらの居場所の説明をする必要がないということです。

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携帯で電話をしましたが、まず、聞いていたホテル名がComfort Inn Westなのに、正式名称はComfort Inn San Brunoらしい。

電話番号が同じだし、予約の代表名がDさんになっていましたので、間違いないだろうと・・・

歩いて10分ぐらいでBARTの駅に到着します。
歩いて10分ぐらいでBARTの駅に到着します。

迎えに来てほしいとお願いすると、今度はあちらから、国内線か国際線か?到着ターミナルか出発ターミナルか?などの質問が飛んできます。

電話が遠くてよく、聞きとれないまま説明して、不安に思いながらシャトルバスを待ちます。

BARTのPowell Street駅で降りて上にでるとストリートミュージシャンが・・・
BARTのPowell Street駅で降りて上にでるとストリートミュージシャンが・・・

大きいホテルは車体に大きくホテル名が記載された、シャトルバスが迎えに来ますが、小さいホテルはいくつかのホテルが提携した共用バスが迎えに来ます。

車体にホテル名の記載のないバスが止まります。ボードにいくつかのホテル名が記載されており、運転手が降りてきて「Comfort Inn!」と叫びます。

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ホッとして3人で乗り込みますが、ホテル名がいまいち危ない感じ・・・到着したホテルのフロントで予約が通っていることを確認してようやく落ち着きました。

Comfort Inn San Brunoは今までで一番安いホテルって感じでしたが値段は一番高かった・・・と言っても160ドルが170ドルになった程度ですが。

今回感心したのはどのホテルでも無線LANは全て無料で接続できたことでした。

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夕方も近くなってきたので、フィッシャーマンズワーフにでも行ってディナーにしようと。

BARTについては、記事の最後に説明を示しましたが、サンフランシスコ空港からダウンタウンを抜けてリッチモンド、ピッツバーグまで行く交通手段で、サンフランシスコの街中は地下鉄になっています。

つい、脚に見とれて・・・
つい、脚に見とれて・・・

ケーブルカーの終点に当たる、Powell Streetで降りると、4時に近い時刻に思えない陽射しが強く降り注ぎます。

ケーブルカーを横目にユニオンスクエア方面にぶらぶら歩き、お土産になにかないかとTiffnyに・・・

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バッグの小物なら手が出るかと見て回ります。

「Just Looking.」とお断りしているのに、後ろを何気に後をつけてくるおばさん、自分が気になるものの値段を確かめているのを見つつ、嗜好がわかってきたらしくて・・・

「お前はオレンジ色が好きなようだから、これはどうだと」にやにやしながら人の好みを決め付けてきて、まあ図星なので、笑ってしまいます。

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ナイキタウンの後、COACHに向かいFさんが奥さんへの買い物をした後、ユニオンスクエアでケーブルカーに乗ります。

外を眺めていたいけど、中へ入れと人ごみの中へ押し込まれて、風景を楽しむことはできませんでした。

フィッシャーマンズワーフに到着するころには日が翳ってきます。

出かけるときの夏の雰囲気につられて、半そでで上着も持たずにでてしまいましたが、少しひんやりする感じ・・・

みやげ物やに打っている10ドルのトレーナを買ったほうがいいのかしら・・・

でも、ゴールデンゲートブリッジが大きく胸に輝く、いかにも生地の悪そうなトレーナを見ていると、どうせ買うならユニオンスクエアで、ナイキとかでほしいものを買いたかったなと、ちょっと手がでません。

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フィッシャーマンズワーフに面したALIOTOSに入ります。

サンフランシスコで一番のご馳走といえば、ダンジネスクラブ・・・値段は店員に聞けとメニューに書いてあります。

今は季節ではないだろうなと思いつつ、確認すると、細かい数値をおぼえていないのですが、ホールで45ドル、ハーフで25ドルくらい?

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シェアしたかったけど、他の二人は、興味なさそう・・・

ハーフを注文します。ついでにサンフランシスコの地ビールのアンカースチームを・・・食事を待ちながら、窓の外の写真を撮りつつ、昔時々行っていたSCOMAが船越しに見えます。

そういえば、シーフードで自分の一番のお気に入りだったのは、SCOMAだったなと思い出します。

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むかし、当時、ロスの近郊にホームステイしていた下の娘とSCOMAでデートして、各々、ホールとパスタを一皿頼んで山の様に食い物を残したことも頭に浮かんできました。

メニューが出てきて、ハーフで注文するとシェルが付いてこないことも、思い出しました。ダンジネスクラブはやはり季節外れという感じで、味はいまいちでした。

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それでも久しぶりのダンジネスクラブに満足して、外にでるとフィッシャーマンズワーフの広場でサックスの演奏で楽しそうに踊っているカップルがいました。

大分暗くなりかけてきて、気温が一気に下がります。

上着を着ない、半袖姿はわれわれを除いて皆無です。サンフランシスコの常識知らずと言う感じ。

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あわてて、ケーブルカー乗り場に向かいます。

ケーブルカー乗り場には長い行列ができていて、やばい感じ。案の定、一台では乗り切れずに、30人ほどが取り残されます。

さらに、気温が下がり、3人は震えあがります。

サンフランシスコまでの道、ホテルからBARTの駅まで、ユニオンスクエア付近を散歩したときのあの輝くようなカリフォルニアの強い陽射しがうそのように、初冬の雰囲気が押し寄せます。

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早くしてよとガタガタ震える3人の願いとは裏腹に、次のケーブルカーは延々と現れず、もう耐え切れない・・・10ドルのトレーナーを買いに戻ろうかとまで思い出したときに、ようやくケーブルカーが現れました。

明日はどうしようか・・・と考えつつ、座り込んだケーブルカーでうつるらうつらしていました。

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※BARTの説明(Wikpedia)

1972年9月にサンフランシスコ湾にかかるサンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジの渋滞解消とベイエリア地区を東西に結ぶするために開通。

その後順次路線を拡大していき、2003年6月22日にはサンフランシスコ国際空港へ乗り入れ、ベイエリア各地と空港を結ぶアクセス鉄道にもなっている。(下記地図参照)

system-map

サンフランシスコ湾内の海底トンネルやダウンタウンなど、路線は地下鉄となっている。

アメリカの他の公共交通の例に漏れず、自転車の車内への持ち込みが許可されている(平日のラッシュ時を除く)。サンフランシスコ内外へのアクセスのBART、市内交通のMuniと合わせて市民や観光客の重要な足となっている。

くまじい
阿佐ヶ谷生まれの73歳

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