港街舞鶴

赤れんが博物館から港の方へ抜けるとすぐに「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」乗り場があります。

遊覧船は海上自衛隊OBのガイドによる説明をききながら湾内を一周します。

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カメラを構え易いところと思い、確保した場所は案内が全く聞こえませんでした。

というより、スピーカの配置が悪く、ほとんど一部の人しか理解できなかったのではないでしょうか・・・

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観光船や駅でもらった舞鶴のリーフレットを参考に自分なりの解説を・・・

「舞鶴港は古来より、北前船の寄港地として知られ、日本海側において有数の商業港として栄えていましたが、明治34年の海軍舞鶴鎮守府開庁により、軍港としてさらに飛躍的に発展します。

日露戦争の際、旗艦三笠他、ほとんどの船がここ舞鶴港から出港したことが知られています。

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戦時中も東港が軍港として整備され、西港は貿易拠点港として整備され、朝鮮や満州への定期航路を有するまでに発展しました。

終戦を迎え、旧満州をはじめとし、中国、樺太、千島などに350万人の兵と、310万人の民間人が取り残されます。

それらの人々の引揚が昭和20年から一斉に始まります。

イージス艦みょうこう:後ほど桟橋まで行き、間近に見ました。
イージス艦みょうこう:後ほど桟橋まで行き、間近に見ました。

途中からは舞鶴港が唯一の引揚港として、シベリア抑留からの引揚者等を引き受け続け、昭和33年に最後の472人が上陸して引揚事業を終了します。」

舞鶴は66万人の引揚者と、1万6千柱の遺骨を迎え入れました。その歴史を振り返るために引揚桟橋が復元されています。

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舞鶴港は現在は大きく2つの港に分れており、東港が海上自衛隊舞鶴地方総監部が鎮座する軍港、また近畿圏と北海道を結ぶ長距離フェリーを中心とする国内貿易港として機能している。

西港は対中国・韓国・ロシアなど対岸諸国への定期コンテナ航路をもつ国際貿易港として位置づけられ、東西港の機能分担のもとに発展をつづけている。(もう一つ漁港もあり、実際には3つの顔を持つと言えるのだそうです)

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湾の突き当たりは日本板硝子㈱舞鶴工場になります。

画像の奥に見えるのが舞鶴クレインブリッジ。橋の右手の袂に引揚桟橋、引揚記念館・記念公園があります。赤れんが博物館に戻ってバスを待てば行けるようですが、今回は「岸壁の母」系はパスさせてもらいます。

海上自衛隊舞鶴総監部舞鶴航空基地、えらく暑いとはいえ、もう夏とは言えない感じの青空と白い雲が頭上に広がっていました。

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大きな「マルコポーロ号」が係留されています。Navios はスペイン語で船の意味のようです。

船籍はパナマとなっていますが、これは先進国内の高額の税と厳しい検査基準を逃げる常套手段で、㈱パナマ船籍会社所有の船のリースを受けていると言うことなのでしょう。

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㈱パナマ船籍会社は保有船数5,000隻を超え、その9割が外国へのリースされており、主要な海運国が多く利用しています。うち、日本のリース船数は1,200~2,000隻程度とのことです。(Wikipedia)

ここ舞鶴でメンテナンスをしているということは、あきらかに利用しているのは日本の会社と言うことなのだと思います。

貨物船かなと見ていましたが、艦尾に潜水艇のようなものが設置されており、特殊な用途の船なのかもしれません。雄大なスケールで気持ちが解放されます・・・

ユニバーサル造船側に自衛艦が停泊しています。「自衛艦」「143」で検索すると下記の記事がありました。

しらね(JS Shirane, DDH-143)は、海上自衛隊の5200トン型ヘリコプター搭載護衛艦。しらね型護衛艦の1番艦。艦名は白根山に因む。

2007年に横須賀に停泊中、CIC(戦闘指揮所)から出火、8時間後に鎮火するも、計器、コンピュータ関係が全損状態となった。海水消火の影響が大きかったという説もあるとのこと。

出火原因はCICに持ち込まれた「保冷庫」の使用電圧が異なったため、過熱で発火したものと考えられている。

廃船が検討されたが、同時期に廃船を検討されていた「はるな」から必要部材を移植し、「はるな」は「しらね」に魂を預けた形で、廃船となった。

ユニバーサル造船㈱の施設の一部。この部分の岸壁は明治30年代初頭の石積護岸となっているのだそうです。これも公開されていません。

ウニヴァーサル造船
ウニヴァーサル造船

「はやぶさ」(JMSDF HAYABUSA PG‐824 )は日本の海上自衛隊が保有する改良型ミサイル艇。

1999年に北朝鮮スパイ船と考えられる2艘の領海侵犯した不審船を追い切れずに、逃がす結果となった「能登半島沖不審船事件」を契機に、改良型ミサイル艇として建造されたもの。

本格的な侵略事態における対艦ミサイルと主砲を活用した対水上戦闘はもちろんのこと、不審船対処も考慮に入れた性能向上が図られている。

船体強度や耐航性確保、高速時における安定した航行のため、船底をV字型とし、船体の長さに対し幅が狭くなっている。

また、3基のガスタービンエンジンを用いたウォータージェット推進により最高速44ノットを達成。

遊覧船を降りて、「海軍カレー」のランチの後、赤れんが倉庫群を抜けて北吸桟橋に到着します。

受付で登録して、いざ「みょうこう」の見学と思いましたが、本日は一般の見学は無いのだそうです。

普通の土日だと、いずれかの艦の公開が必ずあるのだそうですが、今日は「みょうこう」の家族公開日で、一般の見学を受け付けていないのだそうです。

残念ですが、体調も今一で、まあまたの機会にして、今日は岸壁からの見学に徹します。「みょうこう」(JS Myōkō, DDG-175)はイージスシステム搭載護衛艦「こんごう」型第3番艦。

舞鶴妙高
舞鶴妙高

イージスシステム(AWS)というのはアメリカで開発されたもので、レーダーなどのセンサー・システム、コンピュータとデータ・リンクによる情報システム、ミサイルとその発射機などの攻撃システムなどが連結された総体を言う。

AWSは防空に限らず、戦闘のあらゆる局面において、目標の捜索から識別、判断から攻撃に至るまでを、迅速に行なうことができる。

本システムが同時に捕捉・追跡可能な目標は128以上といわれ、その内の脅威度が高いと判定された10個以上の目標を同時迎撃できる。

きわめて優秀な情報能力をもっていることから、情勢をはるかにすばやく分析できるほか、レーダーの特性上、電子妨害への耐性も強いという特長もある。

高性能ゆえに高価であり、イージス・システム全体としての価格は500億円、船一隻で1223億円・・・「みょうこう」は平成21年にBMD(ミサイル防衛)能力を付与され、弾道ミサイルの迎撃も可能にしている。

BMD改装費が300億円ということで、イージス艦一隻当たり1500億円ということになります。(何故かWikipedia に価格がしつこく書いてありました。)

「こんごう」型イージス艦は「こんごう」「ちょうかい」「きりしま」と「みょうこう」の4艦、新世代の「あたご」型が2艦の合計6艦のイージス艦が備えられているのだそうです。

「みょうこう」も普通であれば、一般の人に公開していますし。今日でも岸壁からの写真は自由。

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どころか乗員の隊員達は平気で記念撮影に応じています。開放的にするということが彼らの使命感としてあるもかもしれません。

もう少し「機密」とか、「制約」とかの雰囲気を予測していましたが、開けっぴろげの接し方に肩すかしの感がありました。

桟橋の入り口のところにあるコンビニに、海上自衛隊関連の記念品が置いてありました。調子の悪いくまはトイレを借りてちょっと気分が収まり、水と碇マークのキーホルダーを購入。

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海軍記念館まで歩こうと思いましたが、ちょっとそこまでの元気がでなくて、来た道を帰ります。

赤れんが倉庫を見るために上がった文庫山学園は見晴らしがよく、青葉山が良く見えましたし、舞鶴湾を一望にみることができました。

次回は西舞鶴方面を中心に今回見れなかった部分を補完しながら来てみたいと思ます。

くまじい
阿佐ヶ谷生まれの73歳

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