ボーボリ庭園の端にある砦に登ると景色が良いらしいのですが、閉館されているようで、扉が閉まっていました。

今日の目的であった、ヴァザーリ、ボーボリを歩いて、達成感を覚えつつ、出口に戻る途中、コスチューム美術館がありますが、ちょっと触手が動かずにパス。

パラティーナ美術館、Galleria d’arte modernaがピッティ宮殿の中にあるらしい。チケットは双方の共通鑑賞券になっていました。

Galleria d’arte modernaは、現代美術館、近代美術館などの訳があるのですが、なんだかピンとこない。

往事の家具調度の展示がある部屋の佇まいを鑑賞できる美術館になっていて、生活環境博物館みたいな言い方が当てはなるような気がしました。

と言っても、パラティーナを廻った後になったので、閉館まで残り15分くらいになってしまいました。
もう閉めるぞ的な状況で駆け足で鑑賞したので、あまり印象が残っていません。

パラティーナはラファエロ、ルーベンスなどの絵画が多くあり、楽しめました。
どちらかというと、自分の中には宗教画に対して心を閉ざすところがありました。

今回の旅で、随分と見方が変わるというのか意識が広がるというのか、好きな絵が大きく増えてしまう結果となったような気がします。

自分が本当に絵を鑑賞することが好きになったのは、そんなに古いことではなく、三菱一号館の「マネ」を経験してからだと記憶しています。

画家が身を置いていた時代背景、端的に言えば、パリの都市の近代化と体制の変遷などを併せて説明する展示になっていて、自分にとっては面白かったのです。

大げさに言うと、絵を前にして考え事すると言う、初めての経験をしたと言えるのではないかと・・・

マネに続く印象派の画家達、特に弟子でもあったモリゾとの関係、確執など画家達の人間的な面の補足説明が興味が湧き、絵をみることの楽しみが広がったような気がしたのです。

今回の旅行では、翌日のウフィツィ、ヴァチカン、ヴァルベリー二国立古典、マルコなどの美術館巡り、教会を見つけては中を拝観することを繰り返しました。
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印象派以降の近代絵画に対する諦めがあったため、その頻度が多くなったというところもあるのかもしれません。
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いずれにしろ、毎日毎日、キリスト、マリアなどの像、イコン、フラスコ画、絵画、などを鑑賞することで何か変化していくところがあったかもしれません。

それとは別に、歳を経るとおもに、神社仏閣から、仏像、聖人像に自分の意識が深まっていくこと、写真を撮っていて、人間に惹かれてしまうこと。

基本的は風景画が好きだったのですが、それに加えて、マネ、モネ、セザンヌ、ピカソ、ゴッホ、ゴーガンなどの画家達の描いた人間に引き込まれるところがありました。

強引に結びつけると古典的な画家達の描く人物像に対しても、その固い表情の中に、当然画家の意識が反映されている気がして、面白くなってきたというところがあるような気がします。

ヴァザーリの自画像、パラティーノの肖像画、聖母、聖母子の絵画を見ていて、いいなと思うようになっていったような気がします。
パラティーノでようやくフィレンツェ歩きの1日目が終わります。